ダーク ピアニスト
〜練習曲11 革命前夜〜

Part 2 / 4


 彼が歩いたあとには、点々と血の跡が続いていた。その服の下には、もはや隠しきれなくなってしまった深い傷があるのだ。それでも、彼は微かに笑って車の後部座席に乗り込んだ。そして、そのまますぐに眠りに落ちた。その顔に血の気はない。

「ルビー……?」
しばらくの間、無言で運転していたギルフォートが声を掛けた。バックミラー越しに覗くと、ルビーはぐったりとし、まるで生気のない顔をしていた。呼吸さえ止まっているように思えた。
「ルビー……」
その時、ガタンと小さく車が揺れた。前輪に轢かれた小粒な石が砕けて散った。と、同時にルビーの瀟洒な睫毛が微かに震え、指先が動くのを見た。ギルフォートは再び視線を前方に戻すと軽くアクセルを吹かした。

――このままではルビーが死んでしまうわ

エスタレーゼが訴えた。

――ルビーは具合が悪いのよ。今日も、ピアノを弾いていた時、突然倒れたの。きっと貧血を起こしたんだと思う。だって、鍵盤に血が付いていたもの。それだけじゃないの。彼のシャツやシーツにもべったりと血が付いていたって小間使いのアメリアが愚痴ってたし……。ルビーは何も言わないけれど、きっとまた、誰かに呼び出されて……

 昨夜のことだ。彼女の淡い金色の髪に透けて額縁の向こうの景色が覗いていた。彼はそんな彼女の髪をそっと手櫛で撫でつけると言った。
「それで? おれにどうしろと?」
ギルフォートはベッドから半身を起こすと煙草を咥え、ライターで火を点けた。
「あの子を助けてあげて欲しいの」
「おれや奴に対して反感を持っている者は多い。これまでにも何度かそういうことがあった。その都度、始末はつけている」
「でも、今度ばかりはそう単純には行かないみたい。ルビーも誰にやられたか言ってくれないし……」

天井に漂う煙は行き先を失くして、淡い霧のように漂い、入り組んだ板の細い溝を埋めた。
「見当はついている」
ギルフォートが言った。
「それなら……」
「時期を見ている」
そう言うと彼はサイドテーブルの上にある灰皿にそれを置いた。それは機関車の形をしており、煙突から煙が立ち上った。そんな煙の流れを目で追っていたエスタレーゼがふっと視線を伏せて言った。

「でも、お父様は……」
「ジェラードはおれのことを煙たがっている」
「でも、父はあなたの実力を買っているわ」
「ルビーの従順さもだろ?」
「そうよ。だって、あの子はお父様にとって切り札になり得る存在ですもの」
「そして、要らなくなれば簡単に切り捨てることができる。都合のいい存在という訳だ」
「ギル……」
責めるような彼女の視線を正面に受けて、彼はじっとエスタレーゼを見返した。
「違うのか?」
「それは……」
彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。が、すぐに問い返した。

「あなたはどうなの?」
「おれもジェラードも同じ闇に生きる人間だ。そして、ルビー自身もな。それは君も承知していることだろう」
彼はそう言うとベッドから降り、シャツを羽織るとボタンを留め始めた。エスタレーゼも薄い絹物を羽織ってそこに立った。
「あなたが何をやろうとしているのか知っている。けど、考えてみて。ルビーと組織とどっちが大事?」
「……」
薄暗い部屋の中で、彼女の輪郭と白い肌だけが深海に灯る淡い光のように透けて見えた。
「答えられないの?」
「……」
「なら、わたしとならばどちらが……?」
黒い陶器の記者からはすっかり細くなった煙がたなびいている。その向こうの壁に映る二つの影。それがゆっくりと重なる。

「ギル……」
重ねた唇を放した彼にエスタレーゼは首を横に振った。
「あなたが欲しがっている物を渡すわ。だから、お願い。ルビーのことを救ってあげて……。彼はここにいてはいけないのよ。ルビーは光の中にいてこそ輝くことができる。彼の才能を埋もれさせてはいけない」
「わかっている」


ルビーはまだ後部座席で眠っていた。
(わかっている)
ギルフォートは心の奥で呟いた。ハンドルを握る手が冷たい。鉄のように冷えきってしまった自らの感情のように……。彼の脳髄の中を通り過ぎる闇。それは、もう随分と昔から彼の心を蝕んでいた。最も身近にいて愛すべき存在。そして、同時に憎しみの対象でもある者。

――ミヒャエルがまた、ぼくのプラモを壊したんだ

昔、彼の最も身近にいて愛すべき存在だった弟のことを、ギルフォートはまだ忘れられずにいた。

――どうだ? 森に降臨した天使さ

アルモスが言った。

(天使か……)
確かにミヒャエルは死んで天使になったのかもしれない。しかし、その弟の影をルビーに追っている彼の心には安らぎがない。
(消えてしまえばいい)
ルビーは、再び彼の大切なものを奪おうとするかもしれない。
(おれにとって大切なもの……)
金に女、酒に賭博、そして、一流と言われたスナイパーとしての実力。そのどれもが彼を満たしてはくれなかった。
(それは組織か? それとも……)
一瞬、彼の脳裏にエスタレーゼの顔が浮かんだ。

――世界の何処かに、きっと僕を待っていてくれる人がいるんだ。だから、僕はその人のために生きる。その人と出会うために……

それはルビーが日頃から言っている戯言だ。そう。出会ってもいない人間に何を求める。しかし、エスタレーゼは違う。実際に存在し、触れ合うこともできる。そして、愛し合うことも……。

――僕はエレーゼが好き。だから、彼女を僕にちょうだい

(ルビー……)

――僕はエレーゼが……

彼は後部座席で眠っている人形を見た。ルビーがギルフォートの人形と言われるようになってから久しい。が、彼はその頃から少しも変わらない。今もその寝顔は人形のように純真そのものだ。

――ぼく、ずっとあなたに付いて行くよ

(あれから、もう10年が過ぎた。その間にルビーは何を覚えた? そして、何を覚えなかった? 生きる術はすべて教えた。そして、銃の扱い方も……。奴は語学と数の数え方を覚えた。だが、組織の中で生きるにはまだ何かが足りない。冷酷な社会の中で強く生きるには……)

――ルビーを助けてあげて

「エスタレーゼ……」
彼はブレーキを踏んだ。

――あなたが欲しがっている物を渡すわ。だから……

(不可能だ。たとえ、実の娘であろうとジェラードがそれを許す筈がない。だから……)
彼が望む物。それは組織の内部データだった。ジェラードだけが熟知している機密資料。そこには、グルドのみならず、闇の世界での密接な力関係や詳細な取引内容などが記されているのだ。


 「ここは……何処?」
抱き上げて運ぼうとするとルビーが目を覚まして訊いた。
「病院だ」
「病院? 何故? 僕はいやだよ。だって、僕はエレーゼと結婚するんだ。そう言ったでしょう? だから……病院はいや……」
ルビーは抗うように男の背中を叩いてもがいたが、すぐにまた意識を失った。ルビーが使っているオーデコロンの花の香りに混じって微かに不快な血の臭気がした。
「結婚か……」
確かにそう告げたのは彼だった。

――結婚?

エスタレーゼが問い返す。

――そうだ。不可能を可能にする唯一の方法。ジェラードが望むように、君はルビーと結婚するんだ
――でも……

彼女は戸惑っていた。何かを訴えるようにじっと彼の緑色の瞳を見つめる。が、ギルフォートは彼女の指で仄かに煌めくエメラルドの石に視線を移すと言った。

――ジェラードが言いだしたことだ。グルドのボスの娘の婚礼だからな。準備や何かと忙しくなる。浮足立って隙ができる。その隙に乗じてデータを盗む。あれさえ入手することができれば、君やルビーを自由にしてやることができる
――自由?

彼女の頬に、一瞬だけ緑色が反射する。

――そうだ。おまえ達は二人で先に行くんだ。組織から離れて……
――でも、あなたは? ギル……。あなたが本当に望むことは何?

彼女の白く細い指が淡い光の遅れ毛に掛る。

――おれは、あと始末をつけたらすぐにおまえ達を追う。そうしたら、君と……何処か遠くへ……

そう言うと男は強く彼女を抱きしめた。彼女もまた花の香りがした。

――駄目よ。そんなことをしたら、ルビーが傷つくわ

そんな男の腕をそっと放して彼女が言った。

――だろうな。だが、チャンスは一度しかない

(そう。チャンスは一度しか……)

そして今、腕の中で眠るのは、人形でも天使でもない。それは、彼の運命を誘う闇の扉……。

 ルビーの怪我の治療には1週間を要した。嫌がる彼を病室に留めて置くのは至難の業だった。が、エスタレーゼが彼に付きっきりで看病し、宥めたり賺したりしながら何とかここまで持たせた。

「早く行こうよ」
病室の扉を開けてルビーが言った。
「駄目よ。まだお医者様の診察が済んでないでしょ? それに、お薬もちゃんと飲まなきゃ……」
エスタレーゼが彼を追う。
「もう平気だよ。僕、治ったから。お願い。家に戻らせて」
「だから、ちゃんとお薬を飲んで、それから……」
エスタレーゼの手をすり抜けて、彼は廊下を駆け、エレベーターホールに出た。丁度開いた扉へ飛び込もうとして男とぶつかった。スーツ姿のその男からは微かに硝煙の匂いがした。ルビーは男の顔を見て笑った。

「ギル……? 迎えに来てくれたの?」
「ああ。おまえがちゃんと医師の診察を受けるよう見張るためにな」
男はエレベーターを降りると、丁度そこにやって来たエスタレーゼに訊いた。
「荷物は?」
「部屋よ。ルビーが逃げ出すから今、追いかけて来たところ」
「別に逃げ出した訳じゃないよ。僕はただ家に帰ろうとしただけなんだ。だって、退院してもいいって昨日、医者が言ったから……」
ルビーが抗議する。
「それは、午前中の診察を終えてという意味でしょう?」
エスタレーゼが呆れたように言う。

「嘘じゃないもん。昨日、確かにヴェルナー先生が言ったんだ」
「確かにな。だが、診察が先だ」
ギルフォートに掴まれて彼は仕方なく往生した。
「その代わり、いい子にしてたら、帰りにエストランに連れてってやる。三人で食事をしよう」
「ほんと? 今日はギルとエレーゼが一緒なの?」
ルビーは喜んで二人の手を取った。
「わかった。それなら僕、いい子にする」
ギルフォートがそっとその頭を撫でる。驚いたように見上げるルビー。男は少し表情を緩ませて微笑した。
「ギル……」
ルビーはそれからすっかりご機嫌になり、部屋に戻ってからも明るい歌を口ずさみながら部屋の片づけをした。


 それから、昼を少し過ぎた頃、彼らは病院を出る手続きを済ませ、見晴らしのいいレストランでランチを取った。
「ルビー、傷の痛みは取れたのか?」
ギルフォートが訊いた。
「うん。なのに、あの医者ときたら、まだ僕に薬を飲めと言うんだ」
ルビーが不満そうな顔で皿の上の肉にフォークを突き立てる。
「仕方がないわよ。早く貧血を治さないと森へ散歩に行くこともできなくなるでしょ?」
「そうなの?」
「ああ。しばらくは医者の言う通りにするんだ」
ギルフォートも言った。

「そうでないと、おまえが行きたがっている場所へも行けなくなるからな」
「僕が行きたがっている場所? それって森? それとも遊園地?」
「いいや、もっと遠くへ……」
「遠く? それじゃフランス? それともロンドン? 今度イギリスへ行った時、ブライアンが湖水地方へ連れて行ってくれるって約束したんだ」
ルビーがうれしそうに言った。
「そうか。だが、もっと遠くだ」
「遠くって何処?」
ルビーが不審そうに訊く。
「日本だ」
「え? ほんと? 本当に日本へ連れて行ってくれるの?」
「そうだ。だから、今からしっかりと体調を整えておけ」
「わかった。僕、約束は守るよ。母様とだってちゃんと約束したんだ。約束はきちんと守るって……」
ルビーはにこにこと笑ってエスタレーゼを見つめた。

「あれ? エレーゼ、どうしたの? サラダしか食べていないじゃない」
「え? 今はその、少しダイエットをしているの」
ナプキンで軽く口元を押さえて彼女は言った。
「え? 僕は少しふっくらしていた方が好きなんだけど……」
ルビーが言った。
「だってほら、もうすぐわたし達、結婚するのよ。どうせならウェディングドレスを美しく着たいもの」
「そうなの?」
ルビーはステーキに添えられたアスパラを口に運ぶと窓の向こうを見た。パステル色の空を大きな鳥が悠々と横切って行く。黒い翼を持ったその鳥の影がテーブルの上を過ぎて行く。ルビーはふっと隣のギルフォートを見た。しかし、彼は無言のまま食事を続けている。ルビーはそれを見ると何故か安堵し、それから僅かに鼓動が早まるのを感じた。

「僕ね、デザートにプリンが食べたい」
「ああ。構わないさ。今日はおまえの退院祝いだからな」
その日、ギルフォートはいつになく優しかった。エスタレーゼもそんな彼らを見つめて微笑している。
「ずっとこうしていられたらいいのに……」
ルビーが言った。
「いられるわ。あなたがもしも秘密を守ってくれるなら……」
エスタレーゼが言った。
「秘密?」
「そうよ。秘密」


 それから、慌ただしく日々が過ぎた。ルビーは鏡の前に立つとシャツのボタンを開いてその身体を見た。見た目ほど、肉体の痛みを感じることはなくなっていた。が、逆らいようのないもう一つの痛みが彼を追い、苦痛を与えた。
「エレーゼ……」
彼は右手を自分の心臓に当てた。その指の隙間から動脈のように盛り上がり、身体中へ伸びて行く無数の傷。その傷を見て、女達は悲鳴を上げた。彼の端正な顔やピアノの音色に心酔わせていた者達でさえ、彼が纏っていた物を脱ぎ捨てた途端に空気が変わってしまうのだ。ある者は憐れみの目を向け、また、ある者は異質な者への恐れから顔を背ける。言葉も態度も何もかも、人間そのものが凶器となって、彼を傷つけに来た。
(僕は知ってる。見えない傷が一番痛いんだ)
彼は自覚していた。自分が他人とは違う生を生きる者なのだということを……。
(でも、エレーゼ、君は……? 彼女は僕のことをどう思っているのだろうか? 本当に僕のすべてを受け入れてくれると……? 自分でもおぞましいほどに歪んでしまったこの僕のすべてを……)

――ああ、ああ、ああ……!
彼は天に向かって叫びたかった。
「僕のすべてを返して……!」
捻じれてしまった運命の糸を手繰ってもう一度そこに辿り着きたかった。が、その糸は残酷にも途中で断ち切れていた。出航してしまった船に乗ることはもうできない。彼は港に立ったまま途方に暮れた。が、振り向けばそこに見慣れた人達が立っている。
「ギル、エレーゼ、ブライアン、それに……」
乗り合わせた船はこれから何処へ行こうというのか。少しばかり遠回りした運命も、やがて正しい航路へと帰って行くのだろう。

――まずは国境を越え、スイスへ……。それから幾つかの国を経由して何れはおまえが焦がれている日本へ……そこではもう危険な仕事などせずに穏やかに暮らそう

ギルフォートが笑って言う。

(あれは夢?)
ルビーは時々わからなくなった。
(彼女が愛しているのはギルじゃないの? そして、ギルが愛しているのも……)

――婚約指輪を買ってくれる? お父様が婚約披露のパーティーをしましょうって……

――早く来い。おまえ達はもうすぐ結婚するんだろう?

「どうして……?」
鏡の前で彼は震えていた。
「うれしい。でも、恐ろしい。幸福で、ものすごく幸福で……。なのに、何故? 僕は怖くてたまらない」
もう彼に暴力を振るって来る者達はいない。電話も鳴らない。しかし、書き換えできない記憶のように、一度傷ついてしまった彼の心と身体の傷を癒すには、まだ何かが不足していた。「ずっと彼女のことが欲しかった」
(でも、本当に……?)
「日本にだって行きたかった」
(母様が生まれた国に……)
「そこに幸福があると信じていたから……」
(でも……)

彼は左手を翳す。そこにはめられた銀色の指輪。
――二人の婚約の印に……
「欲しかった筈なのに……」
(こんなにも重い……)
真新しいそれに映る銀の光……。そして、反射する痛み……。
「笑って?」
(鏡の中の僕……)
「幸せなんだ」
(誰からも祝福されて……)
届けられた贈り物。
(何もかも失くしたけれど、今、僕はそれ以上の物を手に入れた)
「だから……」
涙が伝っていた。鏡の中に落ちる光の国の果てに……。


 「ほう。美しいよ、エスタレーゼ。天界の女神にだって優るほどだ」
マルコが言った。
「まあ、おじ様ってばお上手ね」
淡い光沢のあるドレスに身を包んだエスタレーゼが頬を赤らめた。
「いや、本当さ。こんな美しいカップルはこれまで見たことがないよ」
その夜は、二人に縁のある人たちを集め、婚約披露パーティーが行われていた。正装したルビーとエスタレーゼは一枚の完璧な絵のようだと誰もが思った。
「まさしくこのまま二人をケースに入れて飾っておきたいね」
ブライアンが感嘆のため息を漏らす。
「ああ。本当に人形のようだな」
ギルフォートも言った。

「あ、ブライアン! 来てくれたの?」
テーブルの向こうで女達と戯れていたルビーが駆けて来て言った。
「やあ。おめでとう、ルビー」
改めてそう言うとブライアンは彼と握手する。
「ありがとう。ギルも……」
が、ルビーが差し出した手を脇から掴んできた者がいた。マルコだ。
「ルビー、今日は無礼講だろう? 今夜は私ともぜひダンスを……」
「あ、悪いけど、僕、ピアノを弾くから他の人と踊ってよ」
「え? 今夜は君達が主役なんだよ。演奏は誰か他の人に任せて……」
マルコが強引に触れて来るのでルビーは身体を捻ってその手から逃れるとさっとピアノの方へと駆けて行った。
「おお、残念」
マルコが首を竦める。

「まあ、おじ様、そんなにがっかりなさらないで。わたしではお相手にならないかしら?」
「とんでもない。エスタレーゼ。ぜひ一曲踊っていただけますか?」
恭しくお辞儀をするとマルコは彼女の手を取った。
「次は私とも踊ってくれるかね?」
ジェラードも来て言った。
「もちろんですわ、お父様」
頭上では明るい黄金色のシャンデリアが品良く地上の人々に光を投げ掛けている。
「おい、おまえも申し込んでおいた方がいいぞ。この分じゃなかなか順番が回って来そうにない」
ブライアンが銀髪の男を突く。エスタレーゼの周囲にはもう何人も取り巻きができていた。
「そうだな」
ギルフォートが頷く。と、同時にルビーがピアノの前に座った。楽団の演奏が止み、わっと拍手が巻き起こった。伏せた睫毛に繊細な光が灯り、ルビーは漆黒の蝶のように腕を羽ばたかせた。そして、曲が始まる。

「革命……?」
ギルフォートは僅かに眉を潜めた。何故、彼がこの場でその曲を選んだのか理解できなかった。確かにルビーはショパンの曲が得意であり、革命は彼の十八番だ。が、それでも何故か腑に落ちなかった。煌めく光のような旋律。そして、渦巻くような低温のうねりの中でルビーは懸命に剣を振るい、見えない敵に立ち向かおうとしていたのかもしれない……。